実際に行って本当にお勧めしたい観光地情報:栃木県観光情報 日光田母沢御用邸記念公園 足尾銅山

※色々な観光地に行って本当におすすめしたい所だけを載せた観光情報※
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日光田母沢御用邸記念公園

おすすめ度★★★★★

日光市本町8-27  

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田母沢御用邸は大正天皇(当時皇太子)の静養所として、明治31年(1898)に、銀行家小林年保が田母沢に所有していた別邸に、当時赤坂離宮などに使われていた旧紀州徳川家中屋敷の一部を移築し、明治32年(1899)に完成した。
大正天皇が即位後、大正7年(1918)に天皇の滞在所として大増改築が行われ、2年以上かけて現在の建物が完成しました。
昭和22年(1947)に田母沢御用邸は廃止され、博物館や宿泊施設などを経て、平成12年(2000)に記念公園として一般公開されている。平成15年(2003)に「国の重要文化財」に指定される。
日光田母沢御用邸 (2).jpg
コメント:日光といえば東照宮や華厳の滝が有名だけど、この田母沢御用邸も是非見学して欲しいです。建物自体も素晴らしいし豪華なのに何故か懐かしい感じもする日本建築!私的には建物内の色々な証明がお洒落でお気に入りです。

日光田母沢御用邸 (36).jpg日光田母沢御用邸 (19).jpg日光田母沢御用邸 (14).jpg日光田母沢御用邸 (23).jpg

2015.05登載

足 尾 銅 山    おすすめ度★★★★★★

日光市足尾町通洞9-2  

足尾銅山 (20).jpg足尾銅山は慶長15年(1610)に発見され、幕府管轄の下、採掘が開始された。
江戸時代の全盛期には年間約1,200tの銅を産出しており、日本屈指の銅山として栄えたが、幕末から明治初期には一時採掘量が減少して、ほぼ閉山状態になってしまった。その後明治10年(1877)に古河市兵衛が経営に着手してが、最初の数年間は成果が出なかったが、その後に探鉱技術の発展により次々と鉱脈が発見され日本の近代発展に貢献してきた。
昭和48年(1973)に銅山は閉山したが、現在では足尾銅山観光として、昔の銅山を観光することができる。
足尾銅山 (1).jpg
コメント:足尾銅山は日本の発展に貢献した大事な施設ですが、その一方では足尾鉱毒事件などの公害の問題も抱えており、近代発展と環境問題を考えさせてくれる施設。施設内の説明では事件について、あまり紹介されてないけど、ネットなどで事件の事を調べてから行くと良いと思います。

足尾銅山 (4).jpg足尾銅山 (27).jpg足尾銅山 (7).jpg足尾銅山 (12).jpg

2015.05登載

PHOTO(左上から大芦渓谷・戦場ヶ原・茶臼岳・日光湯元)
大芦渓谷1.jpg戦場ヶ原 (2).jpg茶臼岳.jpg日光湯元01.jpg