実際に行って本当にお勧めしたい観光地情報:三重県伊勢神宮観光情報 伊勢神宮 豊受大神宮 土宮 風宮 多賀宮 月夜見宮

※色々な観光地に行って本当におすすめしたい所だけを載せた観光情報※
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観光地には人それぞれの趣味などがあると思うので、上記の順番を参考にサイトをご覧ください。
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豊受大神宮   おすすめ度★★★★★★

三重県伊勢市豊川町279

伊勢神宮(外宮) (29).jpg外宮.jpg豊受大神宮のご祭神は宮の名前の通り豊受大御神(とようけのおおみかみ)で、御饌都神(みけつかみ)とも呼ばれており、神々の奉る食物を司られています。その為古くから衣・食・住の恵みを与えてくれる産業の守護神として崇敬されてきました。
外宮の鎮座の由来については、雄略天皇の夢に天照大御神が現れ、丹波の国の等由気大神(とようけのおおかみ(豊受大御神の事))をお連れするよう命じられ、雄略天皇22年(478)に内宮近くの山田の原に迎え祀られました。
下記の説に関しては色々な考え方や主張がある為、参考程度に書かせていただきますが、創祀については、天皇の在位期間や色々な事柄を計算すると、その年数が一致しないと言う説もあります。伊勢神宮(外宮) (5).jpg伊勢神宮(外宮) (27).jpg
外宮の神官である度会 家行(わたらい いえゆき)が、豊受大御神は日本神話の神で天地開闢に関わった、造化三神の一人の天之御中主神と同神であり内宮より立場が上であるとする伊勢神道(度会神道)を唱えました。

伊勢神宮(外宮) (7).jpg...伊勢神宮(外宮) (8).jpg...伊勢神宮(外宮) (28).jpg
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伊勢神宮(外宮) (43).jpg...伊勢神宮(外宮) (24).jpg...伊勢神宮(外宮) (25).jpg

土 宮

三重県伊勢市豊川町279

伊勢神宮(外宮) (22).jpg土宮のご祭神は大土乃御祖神(おおつちのみおやのかみ)で、豊受大神宮(外宮)境内に鎮座されています。
土宮は長徳3年(997)までは山田の原の守護神として崇敬されていましたが、伊勢神宮の管社としての形態を有していませんでした。
その後長徳3年には末社の位置づけになり、平安時代末期の大治3年(1128)には宮川治水の堤防の守護神として別宮に加えられることになりました。
摂社を越えて末社から別宮の地位を受けることは、この土宮の他にはありません。
その理由の一つに、かつて宮川は上流から幾筋かに分岐しており、現在の市街地に流れ込んでいました。その宮川による氾濫で被害が相次ぎ、地域住民にとっては宮川堤防の守護神である大土乃御祖神に対する祈りは大事だったと考えられ、大治3年に朝廷より宮号宣下されることになりました。伊勢神宮(外宮) (21).jpg伊勢神宮(外宮) (23).jpg
一時乱世の煽りを受け、正宮同様土宮などにも式年遷宮は百数十年もの間執り行われることがありませんでしたが、寛永8年(1631)には式年遷宮を無事復興される事となりました。

風 宮

三重県伊勢市豊川町279

伊勢神宮(外宮) (13).jpg風宮のご祭神は級長津彦命(しなつひこのみこと)・級長戸辺命(しなとべのみこと)で、豊受大神宮(外宮)境内に鎮座されています。
外宮の中で別宮になったのが1番遅く、正応6年(1293)に別宮になったと「増鏡」に記されています。
元々風宮は風雨の災害から守り稲などの農作物が順調に育つように祀られた社でしたが、弘安4年(1281)の元寇(モンゴル帝国や高麗王国の日本侵攻の呼称)の際、神風を起こし蒙古の敵軍を全滅に至らしめた事により、別宮に加列されることとなりました。
元寇以来風宮は、元々の風雨や豊穣の信仰に加え、国難に際しても風宮の神明のご加護によって平安が守られるという信仰が加わりました。
江戸時代末期には欧米列強諸国による東洋進出が始まり、日本も侵略の危機に脅かされる事となり、文久3年(1863)に朝廷は風日祈宮と風宮で攘夷祈願を15日間行いました。

伊勢神宮(外宮) (16).jpg..伊勢神宮(外宮) (15).jpg..伊勢神宮(外宮) (11).jpg.

多 賀 宮

三重県伊勢市豊川町279

伊勢神宮(外宮) (19).jpg多賀宮のご祭神は豊受大御神荒御魂(とようけのおおみかみのあらたま)で、豊受大神宮(外宮)境内に鎮座されています。
多賀宮は檜尾山の丘に鎮座している事から高宮とも呼ばれており、創祀は外宮と同じく雄略天皇22年(478)と考えられています。
外宮別宮の中では最高位の格式で、第一別宮として特別な待遇を受けており、20年に1度の式年遷宮も、荒祭宮を同じく正宮と荒祭宮に引き続き、同年に遷御賀行われました。
農事・産業全般に従事される方々に崇敬を集めています。
伊勢神宮(外宮) (18).jpg

月 夜 見 宮

三重県伊勢市宮後1-3-19

月夜見宮 (2).jpg月夜見宮.jpg月夜見宮のご祭神は月夜見尊(つきよみのみこと)・月夜見尊荒御魂(つきよみのみことのあらみたま)で2柱の神を同じ社殿にお祀りしており、天照大御神の弟神で、皇大神宮別宮の月讀尊(つきよみのみこと)と同神です。
「日本書紀」によると、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)・伊邪那美命(いざなみのみこと)の御親神が、天照大御神の次に月讀尊をお生みになり、夜之食国(よるのおすくに)を収めるよう委任されました。その月夜見尊は、光彩が天照大御神に次ぐものと称えられています。月夜見宮 (7).jpg
古くは高河原(たかがわら)と呼ばれており、農耕の神を祀る神社であり、延長5年(927)に外宮摂社の首位として列せられいましたが、承元4年(1210)に別宮に昇格されました。
外宮の北御門から月夜見宮に至る道は、神の通る道であると信じられたおり地元の人々に「神路通り」と呼ばれています。

月夜見宮 (3).jpg...月夜見宮 (6).jpg

PHOTO(左上から上野城・俳聖殿・旧祟廣堂)

伊賀上野城.jpg伊賀俳聖殿.jpg旧祟廣堂.jpg