実際に行って本当にお勧めしたい観光地情報:三重県伊勢神宮観光情報 伊勢神宮 皇大神宮 荒祭宮 月讀宮 瀧原宮 伊雑宮 倭姫宮

※色々な観光地に行って本当におすすめしたい所だけを載せた観光情報※
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皇 大 神 宮   おすすめ度★★★★★★

三重県伊勢市宇治館町1

伊勢神宮(内宮) (2).jpg内宮.jpg皇大神宮のご祭神は天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ・天照大御神)です。
天照坐皇大御神が現在の伊勢神宮の地に御鎮座されたのが、垂仁天皇25年(紀元前5年)に倭姫命が天照坐皇大御神を祀る土地を求め各地を巡り、垂仁天皇26年(紀元前4年)に五十鈴川上流の現在の地に祠を建てられたのが皇大神宮の始まりです。
国内に隈なく光が照り徹ると称えられている天照坐皇大御神のご神体は、八咫鏡(やたのかがみ)で、八坂瓊勾玉(やさかにのまがたま)・草薙剣(くさなぎのつるぎ)を含め三種の神器と呼ばれています。
伊勢神宮内宮の広さは5,500haで、大きく分けて神域・宮域林と区別されており、神域は内宮ご社殿を中心に約93haで禁伐林とされています。伊勢神宮(内宮) (37).jpg伊勢神宮(内宮) (49).jpg伊勢神宮(内宮) (32).jpg
第一宮域林は神域の周辺と宇治橋付近を含む、市内から遠望される地帯約1,000haで、風致の改良や、樹木の育成に必要な場合以外伐採禁止になっています。
第二宮域林は、神域・第一宮域林以外の約4,400haの区域で、五十鈴川水源の保持・宮域の風致の増進・ご造営用材のヒノキの植樹が計画的に行われています。
伊勢神宮内には、スギ・モミ・マツ・ヒノキ・カシ・シイ・クス・サカキなど神社に多く植えられる樹木が繁り林相をなしています。

伊勢神宮(内宮) (5).jpg伊勢神宮(内宮) (7).jpg伊勢神宮(内宮) (14).jpg伊勢神宮(内宮) (39).jpg伊勢神宮(内宮) (39).jpg

2015.09登載

荒 祭 宮

三重県伊勢市宇治館町1

伊勢神宮(内宮) (42).jpg荒祭宮のご祭神は天照坐皇大御神荒御魂(あまてらしますすめおおみかみのあらみたま)で、皇大神宮(内宮)境内に鎮座しています。
荒祭宮の創建は垂仁天皇26年(紀元前4年)で皇大神宮と同時期に建てたとされている。
ご祭神の名前の荒御魂とは、漢字の通り荒ぶる魂の事で、「疫病」「天変地異」など神の祟りは、この荒御魂の一面を表しています。
荒祭宮は内宮の10別宮の中で、第一別宮として他の別宮よりも社殿も大きく、神饌の種類なども正宮とほとんど同じものが供せられています。

伊勢神宮(内宮) (43).jpg伊勢神宮(内宮) (44).jpg

2015.09登載

月 讀 宮

伊勢市中村町742-1

月讀宮 (1).jpg月讀宮.jpg月讀宮のご祭神は月讀尊(つきよみのみこと)で、天照大御神の弟神であり、豊受大神宮の月夜見尊(つきよみのみこと)と同神です。
月讀宮境内には、御親神の伊弉諾尊(いざなぎのみこと)・伊弉冉尊(いざなみのみこと)も祀られています。月讀宮 (5).jpg
元は一囲いの瑞垣内に祀られていましたが、その後伊佐奈岐宮、伊佐奈弥宮が瑞垣で一院、月讀宮、月讀荒御魂宮が瑞垣で一院をなし、明治6年(1873)に現在の4つの社殿が並ぶ形になりました。境内に複数の社殿が並ぶ別宮は瀧原宮と2社のみになっています。

月讀宮 (10).jpg月讀宮 (7).jpg月讀宮 (11).jpg月讀宮 (11).jpg月讀宮 (2).jpg

2015.09登載

瀧 原 宮

三重県度会郡大紀町滝原872

瀧原宮 (11).jpg瀧原宮.jpg瀧原宮のご祭神は天照坐皇大御神御魂(あまてらしますすめおおみかみのみたま)で、宮川の支流大内山川の渓谷の山間にあり、瀧原の名はたくさんの瀧があることから名づけられました。由来は倭姫命が宮川下流の磯宮を発ち、上流にご鎮座の地を求めに行った事によります。
その際急流の瀬があり困っている所に、真奈胡神がお迎えに参りお渡ししました。その真奈胡神の案内で進むと、「大河の瀧原の国」という美しい土地があったため、そこに新宮を建てられたのが瀧原宮の起源とされています。瀧原宮 (1).jpg瀧原宮 (18).jpg瀧原宮 (2).jpg
この瀧原宮には、若宮神社に神体を入れる御船代を納める御船倉が併設されており、御船倉を持つ別宮は瀧原宮のみとなる。
第二次世界大戦で、宮域最大の推定年齢300年の太郎杉が枯れてしまったこともあるが、昭和34年(1859)の伊勢湾台風の際に外宮や内宮の神宮杉を失ってしまったのに対し、瀧原宮は被害が少なかった為、現在で本宮より多くの巨木が目立つようになりました。

瀧原宮 (12).jpg...瀧原宮 (15).jpg...瀧原宮 (14).jpg
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瀧原宮 (16).jpg...瀧原宮 (17).jpg...瀧原宮 (23).jpg

伊 雑 宮

三重県志摩市磯部町上之郷374

伊雑宮 (7).jpg伊雑宮 (4).jpg伊雑宮のご祭神は、天照坐皇大御神御魂(あまてらしますすめおおみかみのみたま)で、伊勢神宮別宮14社のうち伊勢国外に鎮座するのは伊雑宮のみで、御神田を唯一もつ別宮です。
伊雑宮の由来は、皇大神宮創建後に、倭姫命が神宮への神饌(しんせん)を奉納する為の御贄地(みにえどころ)を探し志摩国を訪れた際に、伊佐波美命が奉迎した地に伊雑宮を創建し、皇大御神の御魂を祀られたとされている。
志摩国にある伊雑宮では御田植式が行われ、日本三大田植祭の1つと伊雑宮 (16).jpg伊雑宮.jpg言われており、国の重要無形民俗文化財に登録されています。

伊雑宮 (1).jpg伊雑宮 (2).jpg伊雑宮 (3).jpg伊雑宮 (5).jpg

風 日 祈 宮

三重県伊勢市宇治館町1

伊勢神宮(内宮) (28).jpg風日祈宮のご祭神は、級長津彦命(しなつひこのみこと)・級長戸辺命(しなとべのみこと)で、皇大神宮(内宮)境内に鎮座しています。
風日祈宮の由来は定かではありませんが、元は風神社と呼ばれており現在の末社相当の位置づけでしたが、ご祭神が風雨を司る神とされており、農耕に適した適した風雨をもたらす神として祀られていました。
弘安4年(1281)の元寇(モンゴル帝国や高麗王国の日本侵攻の呼称)の際、ご神威により神風を起こし、敵軍10万の兵を全滅に至らしめた事により、別宮に加列されることとなりました。
江戸時代末期には欧米列強諸国による東洋進出が始まり、日本も侵略の危機に脅かされる事となり、文久3年(1863)に朝廷は風日祈宮と風宮で攘夷祈願を15日間行いました。

伊勢神宮(内宮) (21).jpg伊勢神宮(内宮) (26).jpg伊勢神宮(内宮) (29).jpg

倭 姫 宮

三重県伊勢市楠部町字赤井谷5

倭姫宮 (13).jpg倭姫宮.jpg倭姫宮のご祭神は倭姫命(やまとひめのみこと)で、内宮と外宮を結ぶ約5kmの並木通りの倉田山と呼ばれる場所に鎮座されています。
倭姫命は第11代垂仁天皇の第四皇女と伝えられており、御杖代(神や天皇の御杖として使える事(斎宮・斎王の事)として奉仕され、大和国から伊賀・近江・美濃・尾張などを巡り伊勢の国にて、皇大神宮(伊勢神宮内宮)を創建されました。
倭姫命は年中行事や、神宮所属の宮社を定めるなど、神宮の祭祀や経営の基盤を確立しました。
その功績をお慕いして、明治中旬頃から宇治山田町(伊勢市中心部)の住倭姫宮 (4).jpg民を中心に、倭姫命を祀るお宮の創立を請願して、大正10年(1921)に皇大神宮別宮としての創立が決定し、倉田山に創建されました。

倭姫宮 (6).jpg倭姫宮 (5).jpg倭姫宮 (9).jpg倭姫宮 (11).jpg

PHOTO(左上から上野城・俳聖殿・旧祟廣堂)

伊賀上野城.jpg伊賀俳聖殿.jpg旧祟廣堂.jpg